2002年、当時設立したばかりの会社に入り、何もない状態から、コンテンツとシステムを作り続け8年が経った。日々、試行錯誤しながら、それなりに会社も大きくなり、まだ、大成功とは言えないけど、それなりにうまくやってきたつもりだ。
しかしながら、その8年という短くはない時間の中で、色々な課題や問題が発生し、その時々正しい選択をしてきたつもりだったけど、反省点も多い。もう一度スタートアップに参加するとしたら、やり直したいところや、もっと早くこうしていれば良かったというところがたくさんある。
そんなわけで、次の挑戦のときに忘れないように、また、もしかして誰かの参考くらいになればと思い、メモっておくことにした。1
まず、反省点の前に、何をやっているのかというのを簡単に。
ビジネスとしては、英語e-learningのWebサービス(ネットを使った英語のお勉強)をASPな形で、企業や大学などに提供している。開発はすべて社内で行ない、データセンタに自前のサーバを持ち運用している。
Web業界の花形(?)であるB2Cではないので、そっちだと違ってくることも多いかもしれない。近い将来B2Cもやりたいのだけどね。
社内での自分の役割としては、入社以来、技術的なところを一通り見させてもらっている。開発から保守、運用、ユーザサポートのヘルプといったシステム周りはすべて。もちろん自分でプログラミングもする。また、システム側の人材の確保なども行っている。
そんなわけで、下記のことも「純粋な一(いち)プログラマ目線」なことや「マネージャ目線」やその他色々な目線が入り交じっているので、その辺はそういうことで。マルチロールで幅広くできるのもスタートアップの楽しさの一つでもある。
では、以下に反省点と課題をずらずらと挙げてみる。
システム開発についての反省点
1. 丁寧に正しく作ろう
一つだけ選ぶとしたらこれ。これがすべてにつながってくる。スタートアップ企業にとって、スピードが大切というのは間違いないのだけど、目先のスピードのために、色々なことを犠牲にしてしまっていたことがあった。正しく丁寧に作ることが中長期で考えるとスピードにもつながる、ということを頭で理解しつつも、つい手を抜いてしまっていた。
まず、「今必要でないことはやらない – YAGNI 」ということを常に考えよう。そして、その上で「今必要」となったものは全力で丁寧に正しく作ろう。
丁寧に正しく作られたアプリケーションは拡張がしやすくメンテナンスもしやすく不具合も起きづらい。当然のことを当然のようにやることがとても大切。
自社で、自社のシステムを作る場合、一度作って終わりというわけではなく2、永遠に自分達でメンテナスをしていかないといけない。そういうことも念頭において「未来の自分達のため」にも正しく作ることを意識しよう。
「丁寧に正しく作る」例
丁寧に正しく作る、というのは、基本の繰り返しでしかない。例えば、
- RDBを使うなら、
- トランザクションが必要かどうかきっちり判断したか
- ロックする範囲は最小になってるか。デッドロックは起きないか?
- 正規化、非正規化についてしっかり考えたか
- 富豪的になりすぎてないか
ハードウェアは確かに速くなって安くなった。でもあらゆることをを富豪的に作っても吸収してくれるほどではない。 - WebページのHTTPヘッダーは適切にセットされてるか
- キャッシュ(しない?ブラウザで?proxyで?)のことは考えたか
- ログファイルのローテーションは正しくしてるか
- ログファイルの監視はできているか。ただのディスクの肥やしになっていないか
- テストは正しく書けているか
- テストは正しく常に実行されているか
- サーバの監視や異常の際の通知はできてるか
- エラー処理が正しく出来ているか
- 人間が同じ作業を繰り返さないでいいような自動化ができているか
- ドキュメントは必要な粒度でしっかり残っているか。更新されているか
- 無駄なドキュメントを作り過ぎてないか
などなど
一つ一つは「わかってる!」ということでも、つい手を抜いてしまうことも多いので、そこをさぼらないということをチームとしてできることを考える。
2. 丁寧に正しく作れないなら既存のプロダクトを使う
丁寧に正しく作るのにはしっかりとしたリソースが必要。ただし、人やお金というリソースは常に限られているので自分たちが集中しないといけないところをしっかり決めよう。
独自フレームワークはやめよう
独自のフレームワークは正しく作れないならやめよう。「正しく作る」というのはメンテナンスとか含めて。もし作るなら専用のリソースを確保するぐらいできないと無理。片手間でフレームワーク作りとか無理。外部に向けて公開しても恥ずかしくないレベルのものを作れるようでない限りはやめたほうがいい。
独自なスケーラビリティやパフォーマンス向上は最終手段
分散やキャッシュなど、プログラマなら誰もが自分ならもっといいものが書ける、書きたい、となってしまいがちだけど、これもフレームワークと同じでできるだけ既存のプロダクトで行くほうがいい。この辺は本当に難しいので、簡単に手を出してはだめ。
もう一つの問題点
作るのが難しい、メンテナンスが難しい、ということに加えて、もう一つの問題点は、新しく加わった人の教育コストが高くなるということがある。まず、外の資源(ドキュメント/本/Google検索)が使えないので自前ですべて教育をしなくてはならない。また、独自であるが故に、そのフレームワーク等の経験者を採用することもできない。新しく入った人は常に0からのスタートになる。これは立ち上がりのスピードを重視する環境では難しい。
また、上述したようにリソースが足りなかったりで、その独自に作ったシステムがいまいちの場合、そのシステムに対する新しく入った人のリスペクトが得られないことにも繋がり、その結果その人のモチベーションの低下にもつながる。
この辺りをすべて背負ってもでも、本当に自分たちで作ったほうがいいのか考えよう。
3. システムのモジュール化/疎結合を考える
自社で自社システムを開発していると、わかりやすい「開発の切れ目」のようなものが、なかなかないので、どうしても「拡張、拡張」になってしまい、全体的に見ると継ぎ接ぎのシステムになってしまう。その結果、すべてが一枚のモノリシックなシステムになってしまい、部分的に新しいことを試したりするのが難しくなってくる。
具体的には、8年の歴史の内、5年くらいは、ほぼPHPとFlashで作ってきて、それを2年ほど前から、全面的にRuby on RailsやJavascript/CSSといったものに移行している。正直なところ、結構辛い。サブシステム毎に、別システムにしておいて、それぞれを疎結合(APIとか/DBレベルで結合)するようにおけばよかったかなー、と思っている。そうすれば、部分的に新しい技術で置き換えるのはもう少し簡単にできたのかもしれない。
もちろん、そういう作りにするとサブシステムそれぞれに、同じようなものをポーティングする必要が出てきたりとオーバーヘッドも大きくなるので、その辺はよく考える必要があるのだけど。
4. 技術的負債はできるだけ早く返そう
できるだけ丁寧に作っても、どうしても 技術的負債 はたまっていく。会社が少しでも落ち着いたら負債の返済について考えよう。
返済を後回しにすると、負債の利子が貯まるばかり。利子はあちこちで発生する。「運用で回避」のコストで払ったり、顧客対応に取られる時間で払ったり、システムに対する信頼の低下ということで払ったりもする。また、緊急の徹夜作業で払ったり、と言った人に負担をかけることで払うこともあるだろう。
うちでは、少し前から返済に当てる時間を多くとっているのだけど、今思うと数年前にも大きく返済できるタイミングがあったはず。でも、それをやらずに走り続けてしまった。その結果、利子をずいぶん払ってしまった気がする。
技術的負債を負いつつ、でも走り続け経営がそれなりに安定する。このときに、最低一回は技術的負債の棚卸が必要だろうと思う。全部返済できなくても、利子の高いもからどんどん返済していくべきだろう。
どうしても、一度落ち着くと、さらに次へと攻めたくなってしまうのだけど、そこで一度振り返ることがとても重要だと今は思っている。
サーバ周りの反省点
最初に書いたように、データセンタ内に自社でサーバを運用もしている。これにも色々な反省点がある。
5. ハードウェアは正しく適正なものを買おう
初めの数年間、知識的なことや時間が足りなかったもあり、サーバを購入してそのまま使って、遅くなったらあまり考えずに新しいサーバを追加していた。今思うともったいないことをしていた。「システムが遅い」となったら、何が「遅い」のかを調べ、それに対する効果の高い投資をしよう。
それと、自分自身、根がケチな上にソフトウェア側の人間なので「そんな高いマシン買わなくていいよ。遅かったらソフトウェア側で頑張るよ」とか思いがちだったのだけどそれは間違い。ソフトウェアでカバーできないこともたくさんある。ケチって中途半端なサーバを買ってしまい、拡張性(メモリやディスクの増設等)が低く、にっちもさっちもいかなくなる、仕方ないのでまた買う、という悪循環に陥る。
もちろん、割り切って安いサーバをたくさん買ったりするのは別の話だが。
6. サーバ周りの人材をしっかり確保しよう
上のことをきっちりやるためには、最初から、少なくとも、お客さんが少しでも着いた後は、専任の人を入れたほうがいい。
最初のうちは、サーバ周りもプログラマ中心にやっていたのだけど、やはりそれには限界がある。本職の人がやるのは、プログラマが片手間でやるのと比べ、深さも広さも全然違う。
また、プログラマはシステム開発に集中した方がいい。
7. クラウドも検討しよう
8年前には、選択肢や自由度がなかったのでどうにもならなかったけど、現在では、場合によってもクラウドも検討すべきだろう。もちろんリスクやコストを正しく判断する必要あるけど。
組織についての反省点
人が大事。チームワークが大事。本当に大事。ちょっとシステム開発からは離れてしまう部分もあるけど、とても関係するところなので。
8. いい文化を作ろう
これは本当に難しい。自分の中で全然答えが見えない。
人々の行動が文化を作っているような気もするし、文化が人を作っているような気もする。まあ、好循環が大事なのだろう。先にいる人やチームの行動や習慣は、いい意味でも悪い意味でも新しい人に伝播してしまうので、そこは常に意識すること。成功している企業にはかならずいい文化があるものだろう。
一度できた文化は、いい文化も悪い文化も継続しやすいことを常に頭に入れる。
9. 途中から入ってきた人
こういう小さい会社に途中から入ってくる人というのは「今、会社が直面する課題や問題」を解決するために入ってくることが多い。ミッションが明確なだけに、そのミッションを完遂することがその人のプライオリティになるし、その人ももちろんそのつもりで入ってくる。
もちろん、会社も周りもそれを一番期待している。しかし、期待しているのだけど、組織で動いていると、そのミッションと前からいた人のミッションがデッドロックすることもある。また、会社のリソースは有限なので、その新しく入った人が完遂するのに必要なリソースを必ずしも割り与えられるとは限らない。
そういう事態になってしまうと、入ってきた人が腐りがちになってしまう。最初からいる人はその辺の事情を汲みとって、現在できる範囲で実現する方法を探すのだけど、途中から入ってきた人はその方向になるのはとても難しい。この辺のサポートがすごく大事。
10. 朝礼? 日報? 週報? 社内勉強会?
この手の物には否定的だったのだけど、やる意味が多少はあるのかな、と最近は少し思っている。初期の頃はそういうのがなくても情報は共有されるし、士気も高いんだけど、人が増えてくるとどうしても必要になってくるような気がしている。
この辺は、完全に否定せず、必要な物はどんどん取り入れていきたい。
11. 社内の距離感 / 縦割り
「途中から入ってきた人」にも関係することなんだけど、最初のうちは全員が同じ方向を見ているのだが、だんだん社員が増え大きくなるに従って、社内で距離感が出てくる。部署毎の損得、面子、プライド。みたいのが出てくる。「こんな小さな会社でそんなこと発生するのがバカバカしい」とか思ってしまうのだけど、人が増えるとどうしても発生してくるようだ。
特にうちの場合、オフィスがロンドン(開発)、日本(営業/運用)、中国(営業/運用)と分散しているので、元々物理的な距離感がある上に、だんだんと精神的な距離感も出てきてしまった。
そして、物理的/精神的に離れていると、ネガティブなことはそれでも伝わるのだけど、ポジティブなことは伝わりにくくなっていく。たとえば「この機能かっこいいね」とか「この前のやつ結構お客さんの評判いいよ」とか、日頃のちょっとしたポジティブの感情がとても伝わりづらい。特にうちは非ITな感じの人も多いので、そうなるとなおさら。そうすると結果的に「いつもあいつらは文句言ってる」ということになってしまう。そうしていると、「共通の目的/ゴール」を持つのが難しくなっていく。
この辺は早いうちに手を打っておいたほうがいい。もちろん、全員が一箇所でできる方法があるならそれがベスト。
12. 採用について
こういう小さな企業に入ってくれる優秀な人材はなかなかいない。それでも、最初の小さ過ぎる段階では、勇敢な(無謀な?)チャレンジャーが集まる。しかし、ある程度軌道に乗ってしまうと、外から見ると「ただの中小企業」になってしまい、だんだんと難しくなっていくのを強く感じた。
基本的に、スタートアップ企業にできる人材確保の路線は2つしかないだろう。一つは既にいる社員の紹介、もう一つは技術者が入って楽しい企業ということを外にアピールすること。うちの場合は前者でそれなりに回ってきているのだけど、後者がほとんどできていなかった。
また、その上で、常に数カ月先を見越して採用活動をしておくことも大事。人は探してすぐ見つかるものではない。
最後に
上のことは今現在思うこと。
ただ、ここまでずらずら書いておいてあれなんだけど、これらのことは全部、条件次第でいくらでも変わる。上のはこの8年間で与えられた条件の中の行動に対しての反省点。今後全く同じ状況が現れることは、結局はその場その場で考えぬいて進んでいくしかないのかな、とも思ったりもする。
そして、それがスタートアップ企業の楽しみ方でもあるのかな。
1 ちなみに、次の挑戦の具体的な予定はないし、というか、まだ今の会社で挑戦中! でも、正直なところ、もう一度何も無いところから自分の力を試してみたいという願望がないことはない。まあ「すべてをやり直したい症候群」はありがちなので、これもそれかなと思ってもう少し今の会社でまだ何ができるか、というのを考え実践するつもり。
2 SIer的な開発が、作って終わりと言ってるわけではないですが。
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